新垣隆さんのこと

 今回の上映会のチラシを持っていろんな場所を回っている。知り合いにも手配りしている。「新垣隆って、”あの”新垣・・・?」判で押したように返ってくる。”あの”とは、なんの”あの”なのかは想像に難くない。世間を騒がせたゴーストライター事件のこと。ここでは細かく触れないけど。

 フォルツァ総曲輪スタッフ時、活動弁士の上映会をやりたいなぁ、とずっと思っていた。そんな時に目に留まったのが埼玉の川越スカラ座での活動弁士・ハルキ、ピアノ伴奏・新垣隆による「戦艦ポチョムキン」無声映画上映会。あれこれと無声映画のことを調べていたので新垣隆という名前だけは知っていた。当時、新垣さんは無声映画専門楽団「カラード・モノトーン」の一員(現在は在籍されてない)で、ピアノ伴奏者として知る人ぞ知る名手。何より「戦艦ポチョムキン」なんて最高じゃん!これ上映したい!そして僕は動きはじめたわけですよ。
 その矢先、”あの”騒動で目がテンに。そりゃ、そうですよ。上映企画で呼ぼうとしてる人が、無数のカメラのフラッシュ浴びて謝ってる様子がTVから突然流れてきたんだから。これが2014年2月のことで、フォルツァ総曲輪にハルキさんと新垣さんをお呼びして「戦艦ポチョムキン」無声映画上映会を開催したのが2015年3月。騒動以来、新垣さんは頻繁にTVに引っ張り出され、芸人かよ!ってぐらいにイジられてた。新垣さんには申し訳ないけど上映会を前にしていい宣伝になったのは間違いない。上映会は満員御礼の大盛況だったしね。
 翌2016年(この年の9月にフォルツァ総曲輪は休館)、「戦艦ポチョムキン」の上映会が好評だったので再びハルキさんと新垣さんをお呼びし「オペラ座の怪人」の無声映画上映会を開催した。開催日は8月28日だったのだが、その前々週、前週と2週に渡って騒動のそれからを追いかけたドキュメンタリー映画「FAKE」をフォルツァ総曲輪で上映していた。いや、狙ったわけじゃないんですよ。ホントにたまたま偶然なんですよ。一年ぐらい経って世間も忘れた頃に寝た子を起こすような映画が公開されて結果としてこれがまた宣伝効果に。二度あることは三度ある。今回の「メトロポリス」の前に、またなんかあるんじゃね?と薄っすら期待もしたりして(笑)。
 騒動時のTVでイジられっぱなしの自分のことを新垣さんは贖罪だと言っていた。類まれな才能を持った作曲家。あるいは弁士から絶大な信頼を得ている一流の無声映画のピアノ伴奏者。そんな新垣隆の姿を見せることなくTVの中ではひたすら道化を演じていた。そんな新垣さんを見ながら、そこまでしなくていいのに、と僕は思っていたんだけど。どうなんだろう?あれはあれでよかったのかも?結果として世間に新垣隆という名前が知れ渡ったし、今ではロックバンド「ジェニーハイ」の鍵盤奏者もこなし、クラシックからJ-POPまで分野を軽々と飛び越えて活躍の場を広げているわけだしね。でも、名前が売れて忙しくなっても無声映画の伴奏だけは続けていきたいって。泣かせるねぇ、新垣さんたら。

 4月9日に川越スカラ座でハルキ&新垣隆による「ノートルダムのせむし男」無声映画上映会があったので今回のご挨拶もかねて行ってきた。川越スカラ座のこの上映会はシリーズ化していて、なんと今回で22回目の公演!凄いなぁ。イベントとして花火を打ち上げるのは勢いでできたりもするけど、それをやり続けることってホントに大変だからね。川越スカラ座のようにはできないが、不識俱楽部でも年に一回はハルキ&新垣隆の上映会は行いたいと思っている。
 初めて新垣さんにお会いしてから8年。久しぶりにお会いする新垣さんはやっぱり低すぎるぐらいに腰が低い。話しかたも変わらず穏やかで優しい。呉羽にある桐朋学園大学院大学の特任教授でもある新垣さんにとって今では富山は馴染みの場所。そんな富山での公演を楽しみにしているとのことだ。
 ハルキさんの言葉の抑揚に合わせ瞬時に音の粒をそろえ、その場にいる観客の気配を感じ取り八十八の鍵盤を縦横無尽に操つる新垣さんのピアノの即興演奏。6月3日のその日その場限りでしか観られない「メトロポリス」を是非体感してほしい。